Chapter24 かやぶきの里について2
かやぶきの里について2
かやぶきの修復を続けるにあたってお金がなんにもないから「かやぶき友の会」というのを作ったんだよ。1口1万円で2年間宿泊料金半額とか特典をつけて会員券を和紙でプリントゴッコで刷って。
そうしたら82、3人の方が寄付してくれたんだよ。
それが原資。
あとは50万円資金が足りなくて農協から借金した。
この借入が今でも覚えているんだけど年利12%だった。
一番景気が良い時だったからそれで合わせて130万くらいかな。
あとはボランティアだね。
柱材など材料費はどうしてもかけなければいけなかったけどあとはみんなタダ。
そのかわり上がり酒は欠かさない。
そのとき俺は酒の使い方を覚えたね。
1日働いてもらっても3、4日働いてもらっても酒1本でチャラにすることができるんだと。
酒というのはそれぐらいすごいものだと。
どんなにお世話になっても1回宴席で酒飲んだら全部流すという日本の流す文化はすごいなと感じたね。
しかももう飲んでしまったら文句は言わないと(笑)
だからなにかあれば酒持っていってそれでおっぺらかすというのを覚えた。
今では考えられないが、あの頃はそれで通った良き時代。
みんな仕事を終わると上がり酒で酒を飲む。
そうするとそのときの酒のつまみが次の修復はどこへ向かおうかとなる。
とび職やってるのはじゃあ足場は俺が持ってくると。
建設業やってるのは次の日曜日に社長に酒1本やってパワーショベル持ってくるわとか。
俺は一体何ができるのかとみんな必死になってやるようになった(笑)
だから誰かが言ったように「仕事は一生懸命、道楽は命がけ」だなと。
道楽の境地にみんなが陥ったらこれはすごい力が出るんだということをこのかやぶきの修復のときに学んだ。
人の想いと想いがぶつかると奇跡を生むものだとそのとき実感したんだよ。
その中でもかやの補修だけは俺たちができなかったんだ。
それでその頃トタンかぶってるかやぶきの家には「そら」に使われていない茅が備蓄されている家もある。
季刊紙「よもやま」の中にも、門出の小林さんがかやを欲しがってるというのが伝わって、声かけてもらったら軽トラで行って買ったりもらったりしながらかやを備蓄していった。
いま「麦々ベイク」をやってる塩沢のパン屋さん、そこは「中村」という屋根職人さんの家だったんだよ。
中村さんから「さしおこし」という全面にかやをふき替えるんじゃなくて、痩せたかやのところに新しいかやを割り込ませながら突っ込む。
だから本当の長いかやじゃない。
1メートルぐらいに切ったのを直径5センチから10センチくらいに縛る。
それを「たいまつ」と称している。
その「たいまつ」を古い屋根の間に差し込んでいくと新品で葺いたかと思うぐらい変わるんだよ。
見栄えは抜群に良くなってしばらくは雪害も防げるその「さしおこし」という茅の葺きかえを順次毎年お願いをしていた。
でも茅も段々なくなってきたから、年に1回俺たちでも茅を刈ろうと11月に栃ケ原ダムの茅刈りに行ってたんだ。
屋根の職人さんに払う金も俺が立て替え120万ぐらいかな。
とにかく金は無いけど払わなきゃならないし立て替えしながら修復していった。
そんなことしてたら昭和60年と61年に借金がたまってきて、古いものを残すには古いもので金を稼がなければだめだなと昭和62年に季節民宿の許可を取った。
許可を取る日に保健所さんが来たんだけど、ちょうど和紙の青年の集いで島根に行っているときで、井戸水を内緒で隠してたのを保健所に見つかってしまって代理でいたのがこっぴどく怒られたそうだ(笑)
あそこの水は評判が良かったんだよ。
そこの水でお茶を飲むとすこぶるうまいと。
「さかいや」の水は門出の中では名水だったんだ。
だからどうしても残したいと思ったんだ。
門出かやぶきの里
〒945-1513 新潟県柏崎市高柳町門出5237
TEL 0257-41-3370(門出ふるさと村組合)
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